つかんだ砂は投げつけてやれ
9月12日に無事終わったイベントのご報告&お礼を書きたいのですがその前に一つ。
イベント翌日の13日、親方が緊急入院しました。
私のことを最近知ってくださった方向けにざっくり説明しますと
私の夫(通称親方)、2010年10月にヘマンジオペリサイトーマという極めて症例の少ない脳腫瘍で倒れ、開頭手術で一命は取り留めたものの、記憶障害や視覚障害などのハンデを抱えてしまいました。加えて、この腫瘍は切除しても再発率90%という憎たらしい奴で、2020年に右坐骨に転移再発(こちらは重粒子線で治療)、昨年あたりから肋骨や脳にも小さな再発が見つかり経過観察中でした。
最初の罹患から15年、リハビリや日々の暮らしの中でできることも増えてきたのですが
この度突然の脳出血と経過観察中の脳腫瘍が大きくなっているとの診断で、手術に向けての入院となりました。
イベントの数週間前から元気ないな?という状態で、数日前には高熱も出していたこともあり、12日に留守にしてしまったことでもしかしたら責められてしまうかも、と思っていたのですが、そんなこと誰も何も言わずに、親方の無事を祈ってくださる方ばかりで、本当に感謝しています。
以下、入院までの経過。
9月4日の夕方から発熱して、上がったり下がったりの繰り返しで内科の先生に往診来てもらってコロナもインフルも陰性で、腫瘍の再発の影響もあるのかなとやってもらった血液検査も異常なし。解熱剤で様子見てください、もしどうしても心配だったら脳外科に相談してみてくださいと言われて。
食欲もあるし、一緒にテレビ見たり歌ったり、発熱以外は症状はなかったのだけど。
9月10日
熱は下がってきたけど何か少し違和感があってかかりつけの脳外科に電話してみた。
診察できないことはないけど往診の先生がやったのと同じ検査しかしませんよ、風邪じゃないですかね、もう少し様子見てみては?と受診をやんわり拒否された。
眠っていると言うより昏睡しているように見えたんだけど・・・
でも、起こすと起きるしご飯も食べる。
11日にはほぼ平熱に落ち着き、やっぱり風邪?心配しすぎだったのかなと安堵する。
12日(イベント当日)はまた少し熱はあったものの、朝も昼もご飯食べたし起きてテレビを見ていた。
私が出かける15時から長男が帰宅する19時頃まで一人になるけど大丈夫だよねと判断し、本人も大丈夫だよと言うのでイベントへ・・・。
帰宅して検温。平熱。用意したお弁当は半分くらい食べてあった。
起こして少し会話をし、オムツ交換と着替え。就寝。
●9月13日
平熱。よかった。だけど、声をかけても反応が鈍い。
今までどんなに高熱でも起こしたら起きるし食欲はあったのに今日はいらないと言う。
呂律が回っていない気がする。
高次脳機能障害で普段から受け答えは怪しいのだけど、今日の怪しさはいつもと違う。
ここ数日は高熱で表情がぼんやりとしていたけど、今日のぼんやりはなんだか違う。
10日の時の違和感再び。
一旦受診を拒否されているのでいきなり119は尻込みして♯7119に電話してみた。
全然繋がらない。検索すると「繋がらない場合は(神奈川県の場合)かながわ救急相談センター「045-523-7119」または「045-232-7119」に電話をしてみてください」とあったので試してみるとすぐに繋がった。
症状を伝えると「救急車を呼んだほうがいい」と救急へ電話を繋げてくれた。
親方だけじゃなく今までおばあさんもおじいさんも何度か救急車のお世話になっているので、通報慣れしている。台本でもあるのかと言うくらいスラスラ説明できた。
救急車が来るまでに持ち物の準備。これも慣れたものだ。
「保険証、診察券、お薬手帳、処方されてる薬全部、親方の靴、モバイルバッテリー、自分用の飲み物と手軽に食べられるもの、羽織るもの、帰りのタクシー代」
大抵長丁場になるし、場合によっては全然知らない土地へ連れて行かれて深夜に帰る羽目になったりするので、財布と充電と食べ物はあったほうがいい。
同じく救急慣れしている長男が、猫たちを2階に避難させ、部屋のあれこれを端に寄せ、進路を確保する。
救急車到着。かかりつけの脳外科に搬送してもらえることになったのだが、親方の体が大きいことに加え激しい腰痛のためベッドから動かせず、救急隊員を増員。もう一台救急車が来たものだからご近所さんに大変心配をかけてしまった。最初の3名+応援の3名、合わせて6名で親方を運んだ。
救急外来にてCTやレントゲンの結果、脳内出血しているとのこと。
そして経過観察中の腫瘍が大きくなってきている。
それらが脳幹を少し圧迫しているのだが、15年前の手術で頭に空洞?余白?があって、お陰で深刻な圧迫にはなっていないという。
出血量から見ると、出血が始まったのはここ2、3日ではないかとのこと。
ではやはり10日の違和感は当たっていたのかもしれない。
連休明けに諸々の検査をして、手術をする方向で調整していきましょうとのこと。
このブログを書いている今日は9月19日で入院からそろそろ一週間になる。
その間、脳の浮腫みをとる点滴をしたり造影剤を使ったCT検査。進展はまだない。
熱はもうない。ずっと寝ている。声をかけると起きて少し会話をするけどすぐ寝てしまう。食欲はある。日によって反応はまちまちだけど日に日に認知が怪しくなっている印象。意味不明のことを言ったりちょっとした奇行もある。元々視野狭窄があるのだけど、さらに目が見えなくなってるっぽい。
これが一時的なものなのかどうかわからない。
来週MRI検査をして、再来週あたりに治療方針が決定する見込み。
一刻を争う感じではなくてよかったなあとは思うけど、今後のことが全然見えなくて不安でいっぱい。
そしてめちゃくちゃ悔しい。
15年ずっとリハビリ頑張って少しずつだけどいろんなことができるようになってきたのに、こんなにあっけなくふりだしに戻ってしまうのか。
坐骨への転移の時に嫌と言うほど思い知らされた「専門医じゃないとわかってもらえない」のと「30余年一緒にいる自分が抱いた違和感に間違いはない」と言うことを再認識。
それにしても、どの時点でどのような行動をすれば最善だったのか。
とにかく今は親方の生命力と自分達の未来を信じて頑張ります。
そしてそして
12日にイベントができたこと、本当に感謝しています。
改めてブログを書きますが、関わってくださった全ての皆様、ありがとうございました。
大切な思い出。とても強力な、ココロの御守りになっています。
イベント翌日の13日、親方が緊急入院しました。
私のことを最近知ってくださった方向けにざっくり説明しますと
私の夫(通称親方)、2010年10月にヘマンジオペリサイトーマという極めて症例の少ない脳腫瘍で倒れ、開頭手術で一命は取り留めたものの、記憶障害や視覚障害などのハンデを抱えてしまいました。加えて、この腫瘍は切除しても再発率90%という憎たらしい奴で、2020年に右坐骨に転移再発(こちらは重粒子線で治療)、昨年あたりから肋骨や脳にも小さな再発が見つかり経過観察中でした。
最初の罹患から15年、リハビリや日々の暮らしの中でできることも増えてきたのですが
この度突然の脳出血と経過観察中の脳腫瘍が大きくなっているとの診断で、手術に向けての入院となりました。
イベントの数週間前から元気ないな?という状態で、数日前には高熱も出していたこともあり、12日に留守にしてしまったことでもしかしたら責められてしまうかも、と思っていたのですが、そんなこと誰も何も言わずに、親方の無事を祈ってくださる方ばかりで、本当に感謝しています。
以下、入院までの経過。
9月4日の夕方から発熱して、上がったり下がったりの繰り返しで内科の先生に往診来てもらってコロナもインフルも陰性で、腫瘍の再発の影響もあるのかなとやってもらった血液検査も異常なし。解熱剤で様子見てください、もしどうしても心配だったら脳外科に相談してみてくださいと言われて。
食欲もあるし、一緒にテレビ見たり歌ったり、発熱以外は症状はなかったのだけど。
9月10日
熱は下がってきたけど何か少し違和感があってかかりつけの脳外科に電話してみた。
診察できないことはないけど往診の先生がやったのと同じ検査しかしませんよ、風邪じゃないですかね、もう少し様子見てみては?と受診をやんわり拒否された。
眠っていると言うより昏睡しているように見えたんだけど・・・
でも、起こすと起きるしご飯も食べる。
11日にはほぼ平熱に落ち着き、やっぱり風邪?心配しすぎだったのかなと安堵する。
12日(イベント当日)はまた少し熱はあったものの、朝も昼もご飯食べたし起きてテレビを見ていた。
私が出かける15時から長男が帰宅する19時頃まで一人になるけど大丈夫だよねと判断し、本人も大丈夫だよと言うのでイベントへ・・・。
帰宅して検温。平熱。用意したお弁当は半分くらい食べてあった。
起こして少し会話をし、オムツ交換と着替え。就寝。
●9月13日
平熱。よかった。だけど、声をかけても反応が鈍い。
今までどんなに高熱でも起こしたら起きるし食欲はあったのに今日はいらないと言う。
呂律が回っていない気がする。
高次脳機能障害で普段から受け答えは怪しいのだけど、今日の怪しさはいつもと違う。
ここ数日は高熱で表情がぼんやりとしていたけど、今日のぼんやりはなんだか違う。
10日の時の違和感再び。
一旦受診を拒否されているのでいきなり119は尻込みして♯7119に電話してみた。
全然繋がらない。検索すると「繋がらない場合は(神奈川県の場合)かながわ救急相談センター「045-523-7119」または「045-232-7119」に電話をしてみてください」とあったので試してみるとすぐに繋がった。
症状を伝えると「救急車を呼んだほうがいい」と救急へ電話を繋げてくれた。
親方だけじゃなく今までおばあさんもおじいさんも何度か救急車のお世話になっているので、通報慣れしている。台本でもあるのかと言うくらいスラスラ説明できた。
救急車が来るまでに持ち物の準備。これも慣れたものだ。
「保険証、診察券、お薬手帳、処方されてる薬全部、親方の靴、モバイルバッテリー、自分用の飲み物と手軽に食べられるもの、羽織るもの、帰りのタクシー代」
大抵長丁場になるし、場合によっては全然知らない土地へ連れて行かれて深夜に帰る羽目になったりするので、財布と充電と食べ物はあったほうがいい。
同じく救急慣れしている長男が、猫たちを2階に避難させ、部屋のあれこれを端に寄せ、進路を確保する。
救急車到着。かかりつけの脳外科に搬送してもらえることになったのだが、親方の体が大きいことに加え激しい腰痛のためベッドから動かせず、救急隊員を増員。もう一台救急車が来たものだからご近所さんに大変心配をかけてしまった。最初の3名+応援の3名、合わせて6名で親方を運んだ。
救急外来にてCTやレントゲンの結果、脳内出血しているとのこと。
そして経過観察中の腫瘍が大きくなってきている。
それらが脳幹を少し圧迫しているのだが、15年前の手術で頭に空洞?余白?があって、お陰で深刻な圧迫にはなっていないという。
出血量から見ると、出血が始まったのはここ2、3日ではないかとのこと。
ではやはり10日の違和感は当たっていたのかもしれない。
連休明けに諸々の検査をして、手術をする方向で調整していきましょうとのこと。
このブログを書いている今日は9月19日で入院からそろそろ一週間になる。
その間、脳の浮腫みをとる点滴をしたり造影剤を使ったCT検査。進展はまだない。
熱はもうない。ずっと寝ている。声をかけると起きて少し会話をするけどすぐ寝てしまう。食欲はある。日によって反応はまちまちだけど日に日に認知が怪しくなっている印象。意味不明のことを言ったりちょっとした奇行もある。元々視野狭窄があるのだけど、さらに目が見えなくなってるっぽい。
これが一時的なものなのかどうかわからない。
来週MRI検査をして、再来週あたりに治療方針が決定する見込み。
一刻を争う感じではなくてよかったなあとは思うけど、今後のことが全然見えなくて不安でいっぱい。
そしてめちゃくちゃ悔しい。
15年ずっとリハビリ頑張って少しずつだけどいろんなことができるようになってきたのに、こんなにあっけなくふりだしに戻ってしまうのか。
坐骨への転移の時に嫌と言うほど思い知らされた「専門医じゃないとわかってもらえない」のと「30余年一緒にいる自分が抱いた違和感に間違いはない」と言うことを再認識。
それにしても、どの時点でどのような行動をすれば最善だったのか。
とにかく今は親方の生命力と自分達の未来を信じて頑張ります。
そしてそして
12日にイベントができたこと、本当に感謝しています。
改めてブログを書きますが、関わってくださった全ての皆様、ありがとうございました。
大切な思い出。とても強力な、ココロの御守りになっています。
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プロフィール
HN:
数字9
性別:
非公開
自己紹介:
神奈川在住。
色んな音楽に出会うことに喜びを感じながら、ゆるゆる生活する日々。…でしたが
2010年10月、夫が「ヘマンジオペリサイトーマ」という脳腫瘍で倒れ、摘出手術に成功したものの、高次脳機能障害と視覚障害のため、リハビリの真っ最中。
がんばってます。
色んな音楽に出会うことに喜びを感じながら、ゆるゆる生活する日々。…でしたが
2010年10月、夫が「ヘマンジオペリサイトーマ」という脳腫瘍で倒れ、摘出手術に成功したものの、高次脳機能障害と視覚障害のため、リハビリの真っ最中。
がんばってます。
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