つかんだ砂の中に宝物が混ざっていたらいいなあ
7月1日
住環境整備の見積もり等のため
保健福祉課の担当さん、福祉用具メーカーさん、介護支援センターの人、建築士さん 大集合
もう何ヶ月も前にメーカーさんと介護支援センターの人が採寸やら何やらやってくださって、図面を起こしてある程度の見積は立てて、それを見ながら福祉課の立ち会いのもと、建築士さんの現場チェックをしてもらった。
これから微調整やら審査やらの諸手続きを経て、ようやく着工という流れらしい。
※障害者を対象とした住環境整備費の助成を受けるため、ややこしい手続きが必要
我が家の構造上、玄関から車椅子の出入りが困難なため、親方の部屋から直接外に出られるように工事を施す。段差解消機の設置、設置場所の地面を改修。
これが完成したら・・・親方が外に出られるようになる!
目下の目的は「デイサービスに通うこと」
週何回行けるかわからないけど、少しでも家の外で活動できたらいいなと思う。
そしたら私も仕事復帰できるかな・・・自分の体調のこともあってまだちょっとわからないけど、何しろ私も親方も、いつまでも家に閉じこもっているつもりはないのだよ。
秋くらいには全部終わるかなあ?
今はあれもこれも我慢、動きたくても動けなくて、やる気が空回りでめちゃめちゃ歯痒いんだけど、これからのために今はしっかり足元固める時期。
それにしても助成金が出るとはいえなかなかの出費でアタマイタイ
もしもこれから家を建てる予定がある人は、老後のことも考えた家にしといたほうがいいですよマジで。ほんとに
住環境整備の見積もり等のため
保健福祉課の担当さん、福祉用具メーカーさん、介護支援センターの人、建築士さん 大集合
もう何ヶ月も前にメーカーさんと介護支援センターの人が採寸やら何やらやってくださって、図面を起こしてある程度の見積は立てて、それを見ながら福祉課の立ち会いのもと、建築士さんの現場チェックをしてもらった。
これから微調整やら審査やらの諸手続きを経て、ようやく着工という流れらしい。
※障害者を対象とした住環境整備費の助成を受けるため、ややこしい手続きが必要
我が家の構造上、玄関から車椅子の出入りが困難なため、親方の部屋から直接外に出られるように工事を施す。段差解消機の設置、設置場所の地面を改修。
これが完成したら・・・親方が外に出られるようになる!
目下の目的は「デイサービスに通うこと」
週何回行けるかわからないけど、少しでも家の外で活動できたらいいなと思う。
そしたら私も仕事復帰できるかな・・・自分の体調のこともあってまだちょっとわからないけど、何しろ私も親方も、いつまでも家に閉じこもっているつもりはないのだよ。
秋くらいには全部終わるかなあ?
今はあれもこれも我慢、動きたくても動けなくて、やる気が空回りでめちゃめちゃ歯痒いんだけど、これからのために今はしっかり足元固める時期。
それにしても助成金が出るとはいえなかなかの出費でアタマイタイ
もしもこれから家を建てる予定がある人は、老後のことも考えた家にしといたほうがいいですよマジで。ほんとに
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6月18日
退院後初の脳外科受診。
介護タクシーに来てもらって車椅子ごと移動。
手術をしてくださった先生はいなくなってしまって、2010年からお世話になってる主治医が診てくれることに。今はどこか別の病院の偉い人になっているそうで、月2回だけ外来診察に来ているそうだ。入院中は一度も会わなかった。
今回は特に検査なし。
骨軟部腫瘍外科への紹介状と、各種申請に必要な診断書を依頼した。
骨軟部腫瘍外科は坐骨への転移再発の時からお世話になっている。
肋骨に新たな腫瘍が発生し、大きくなってきたからそろそろ治療しましょうかと言っていたタイミングで脳腫瘍が再発してしまったのだ。脳外科やリハビリ病院の入院中に肋骨の診察はしてないからずっと気掛かりで(追記 紹介状作成急いでくださったようで、7月の受診決まりました)
どんな治療になるのか、治療後どうなるのか、そしてこれもヘマンジオペリサイトーマの再発なのか、肋骨の他に再発はないのか。
もうさ、考えれば考えるほど腹が立って仕方ない。
何なんだよヘマンジオペリサイトーマ
次から次へとしつこいわね
ちくしょー
負けないからな
退院後初の脳外科受診。
介護タクシーに来てもらって車椅子ごと移動。
手術をしてくださった先生はいなくなってしまって、2010年からお世話になってる主治医が診てくれることに。今はどこか別の病院の偉い人になっているそうで、月2回だけ外来診察に来ているそうだ。入院中は一度も会わなかった。
今回は特に検査なし。
骨軟部腫瘍外科への紹介状と、各種申請に必要な診断書を依頼した。
骨軟部腫瘍外科は坐骨への転移再発の時からお世話になっている。
肋骨に新たな腫瘍が発生し、大きくなってきたからそろそろ治療しましょうかと言っていたタイミングで脳腫瘍が再発してしまったのだ。脳外科やリハビリ病院の入院中に肋骨の診察はしてないからずっと気掛かりで(追記 紹介状作成急いでくださったようで、7月の受診決まりました)
どんな治療になるのか、治療後どうなるのか、そしてこれもヘマンジオペリサイトーマの再発なのか、肋骨の他に再発はないのか。
もうさ、考えれば考えるほど腹が立って仕方ない。
何なんだよヘマンジオペリサイトーマ
次から次へとしつこいわね
ちくしょー
負けないからな
報告が遅くなりましたが、5月18日、親方が無事に退院しました。
ご心配やお見舞いくださった皆様、気にかけてくださった皆様、ありがとうございました。
9月13日救急搬送、10月に開頭手術そしてリハビリ・・・8ヶ月本当によく頑張った。
要介護4の介護認定のほか、障害者手帳は今までの視野障害(2級)に両下肢体幹機能障害(1級)と両上肢機能障害(6級)が加わった。
何をするにも介助は絶対に必要で、基本的にベッドの上か車椅子での生活。完全オムツ。
加えて認知機能の低下、記憶障害、言語障害、まあ、でも、元気。
重度障害者医療保険と介護保険をうまく併用して、ものすごく手厚いサポートを入れてもらった。私の体調を考慮し、私がほとんど何もしなくても良いようにケアマネさんが考えてくださった。
1日4回のヘルパーさん(オムツ交換その他)
介護用品のレンタル、訪問入浴、訪問看護、訪問診療(内科)、訪問リハビリ、何かあった時のための24時間オンコール。介護保険で収まらない部分は重度障害者医療を利用。重度肢体不自由者向けの日常生活用具給付事業で紙オムツの支給も。
本当に、びっくりするくらいもりもりに盛り込んでくれた。
毎日朝から晩まで誰かが家に来るのは落ち着かないけど、段々慣れてきた。
自分や家族だけでこんなに丁寧に親方のサポートをするのは正直無理だなあと思う。本当に感謝しかないです。
そんなこんなで新生活は思ったよりも穏やかで、でも、自分のための自由時間が少なくなって。
訪問と訪問の合間に、親方が寝ている隙に、家事をやる、買い物に行く、風呂に入る、ご飯食べる、一休みする。
毎日バタバタだけど良い点もあって、早寝早起きしてご飯もちゃんと食べるようになって体調が良い。おまけに家が常に片付いてる。何よりも親方が家にいることで私の心が明るくなった。
日々の苦労やこれからの不安を差っ引いても「そこにいてくれるだけで嬉しい」そう思える人を選んだことは私の人生の中で最も誇りにしていることだ。
今後は家の周りの改修工事をする予定。助成を受けるために必要な手続きやら諸々を待っている状態で、何や知らないがものすごく待たされている。
親方が外に出られるようになったらデイサービスやショートステイ、レスパイト入院など利用できる。そしたら私も仕事復帰するんだ。その日が待ち遠しい。早く動きたい。
体調の方はぼちぼち。検査結果は横這い。ここで踏ん張りたいところ。
そんなこともあって、今のうちに思いっきり頑張りたい。
そして、隙を見ては遊び(ライブ)に行こうとしている。
行きたいライブにあまり行けなくなった。SNSのみんなのライブ報告が眩しい。
いっそ音楽なんて嫌いになれたら楽になれるのかな、ちょっと考えたこともあるけど・・・嫌いになれるわけないよな、でも、大嫌いと大好きは似てるからね、間違えないように気をつけないとね。
親方のことばっかり考えてる私と自分のことばっかり考えてる私がいる。
どっちも大事な私と私
どっちも全力で生きたい。
親方の肋骨の腫瘍も治療したいし、困難はまだまだ続くよ
でも負けないよ
話の着地点がわからなくなってきた。笑
兎にも角にも、頑張りたくてうずうずしてる。
※近日中にイベントのお知らせブログ書きます!
ご心配やお見舞いくださった皆様、気にかけてくださった皆様、ありがとうございました。
9月13日救急搬送、10月に開頭手術そしてリハビリ・・・8ヶ月本当によく頑張った。
要介護4の介護認定のほか、障害者手帳は今までの視野障害(2級)に両下肢体幹機能障害(1級)と両上肢機能障害(6級)が加わった。
何をするにも介助は絶対に必要で、基本的にベッドの上か車椅子での生活。完全オムツ。
加えて認知機能の低下、記憶障害、言語障害、まあ、でも、元気。
重度障害者医療保険と介護保険をうまく併用して、ものすごく手厚いサポートを入れてもらった。私の体調を考慮し、私がほとんど何もしなくても良いようにケアマネさんが考えてくださった。
1日4回のヘルパーさん(オムツ交換その他)
介護用品のレンタル、訪問入浴、訪問看護、訪問診療(内科)、訪問リハビリ、何かあった時のための24時間オンコール。介護保険で収まらない部分は重度障害者医療を利用。重度肢体不自由者向けの日常生活用具給付事業で紙オムツの支給も。
本当に、びっくりするくらいもりもりに盛り込んでくれた。
毎日朝から晩まで誰かが家に来るのは落ち着かないけど、段々慣れてきた。
自分や家族だけでこんなに丁寧に親方のサポートをするのは正直無理だなあと思う。本当に感謝しかないです。
そんなこんなで新生活は思ったよりも穏やかで、でも、自分のための自由時間が少なくなって。
訪問と訪問の合間に、親方が寝ている隙に、家事をやる、買い物に行く、風呂に入る、ご飯食べる、一休みする。
毎日バタバタだけど良い点もあって、早寝早起きしてご飯もちゃんと食べるようになって体調が良い。おまけに家が常に片付いてる。何よりも親方が家にいることで私の心が明るくなった。
日々の苦労やこれからの不安を差っ引いても「そこにいてくれるだけで嬉しい」そう思える人を選んだことは私の人生の中で最も誇りにしていることだ。
今後は家の周りの改修工事をする予定。助成を受けるために必要な手続きやら諸々を待っている状態で、何や知らないがものすごく待たされている。
親方が外に出られるようになったらデイサービスやショートステイ、レスパイト入院など利用できる。そしたら私も仕事復帰するんだ。その日が待ち遠しい。早く動きたい。
体調の方はぼちぼち。検査結果は横這い。ここで踏ん張りたいところ。
そんなこともあって、今のうちに思いっきり頑張りたい。
そして、隙を見ては遊び(ライブ)に行こうとしている。
行きたいライブにあまり行けなくなった。SNSのみんなのライブ報告が眩しい。
いっそ音楽なんて嫌いになれたら楽になれるのかな、ちょっと考えたこともあるけど・・・嫌いになれるわけないよな、でも、大嫌いと大好きは似てるからね、間違えないように気をつけないとね。
親方のことばっかり考えてる私と自分のことばっかり考えてる私がいる。
どっちも大事な私と私
どっちも全力で生きたい。
親方の肋骨の腫瘍も治療したいし、困難はまだまだ続くよ
でも負けないよ
話の着地点がわからなくなってきた。笑
兎にも角にも、頑張りたくてうずうずしてる。
※近日中にイベントのお知らせブログ書きます!
親方がリハビリ病院に転院しました。
いくつか病院を紹介してもらって、パンフレットや病院のホームページを見て直感で「ここだ」と思ったところへ。ここだと思った理由はリハビリへの取り組み方、専門医がいること、高次脳機能障害に理解があること。一番の決め手は「ご飯がとても美味しそう」なことでした。手術後ほとんど食べなくなってしまったから、美味しいご飯なら食べるかなと思って。
彩りも盛り付けも綺麗で、食器も清潔で、ムース状の嚥下訓練食も美味しそうで、それら全て手作りだと聞いて感動。病院の名前で検索すると、人間ドックの後に出るランチが美味しいと評判の病院でした。
そんなこんなで11月25日。
自力で座れない状態のため、ストレッチャー対応の介護タクシーで移動した。
最初は内科病棟でお世話になり、3日目くらいからリハビリ病棟に移動。
いやもうすごいの、リハビリ病棟。みんなリハビリしてる!(そりゃそうだ)
充実した器具、充分なスペース、バリアフリー。そして何よりも看護師さん、PTさんOTさんSTさん、ヘルパーさん、ありとあらゆる人がテキパキと働いていて、困ったことがあると誰に話しかけてもすぐに対応してくれる。「担当じゃないのでわかりません」なんて言う人は皆無。不調や不自由や不安を抱えた状態でこれはとても心強いことで、安心して親方を任せられる。
12月に入ってすぐ、1回目のカンファレンス。
主治医、担当看護師さん、管理栄養士さん、病院のソーシャルワーカーさん、いつもの生活相談員さん。たくさんの人が親方と我が家の将来について真剣に考えてくれて感謝しかない。
親方の今の状態と回復の見込みは予想以上にシビアなものだ。
実は、手術だけでは対応できなかった箇所が残っている。本来なら放射線治療もしたいところだが15年前に全脳照射をしているため、これ以上の照射はリスクが高くてできなかった。
加えて、手術の影響で脳梗塞が起き、左脚が麻痺してしまった。
右坐骨に腫瘍が転移した時に受けた重粒子線の後遺症で右脚も麻痺しているから、今後はおそらく寝たきりの生活になる。
そして胃瘻を勧められるほど嚥下機能が衰えている。リハビリの甲斐あって徐々に食べられるようにはなっているけど、毎日3食を全介助で1時間以上かけて食べる。食べない時もある。
栄養面での心配と誤嚥の危険もある。胃瘻の勧めは介護する人のためを考えてのことなんだと思う。胃瘻が必要になるかどうかまだわからないけど、まだ明るい可能性はあると思っている。
施設入所の選択肢もあるけど、今のところ自宅に戻る方向で考えている。
これまでにおじいさんとおばあさんの介護もしてきて、多分、あの時以上に苦労しそうだとは思うけど、どのような苦労よりも親方と一緒に居られない方がしんどい。あまり穏やかでない人生になることは15年前からとっくに腹を括っている。
「家族(またはヘルパーさん)一人の介助でポータブルトイレに移動できるくらいにはなりたい」というのが目標になった。何をするにも全ての動作に介助が必要だけど、少しずつ、立ち座りができるようになってきた。少し前まで座ることもできなかったのにすごい事だ。
これからやること。障害者手帳の再申請(今は視覚障害のみ。肢体不自由で申請する。障害の程度によって受給できるものが全然違う。)申請が通ったら自宅の改修工事や介護ベッドの導入。
※ただし症状が固定してから6ヶ月経たないといけないとかなんとか色々あって難航しそう。
生活が落ち着いたらデイサービスやレスパイト入院なんかも利用して、自分の休息日もきっちり確保する予定。
リハビリの経過を見ながら利用できる制度など慎重に考え、年内か年明けすぐにまた話し合いをする予定。
力を抜くのは苦手かも。でも手を抜くのは得意。息を抜く方法も知っている。間が抜けているのが致命的だな・・・。
これからの生活に不安は山ほどあるけど、まあなんとかなるんじゃないかなと持ち前の前向き思考を発揮している。周りの人に恵まれているし、何よりもこの人は大丈夫だという親方への信頼が厚い。頭を2回も切られたというのに立ち上がり続けるのすごいよな、さすが私が選んだ男である。もうすぐ31回目の結婚記念日ですよ。
なんてことを思いながら今日も今日とて頑張ります。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
いくつか病院を紹介してもらって、パンフレットや病院のホームページを見て直感で「ここだ」と思ったところへ。ここだと思った理由はリハビリへの取り組み方、専門医がいること、高次脳機能障害に理解があること。一番の決め手は「ご飯がとても美味しそう」なことでした。手術後ほとんど食べなくなってしまったから、美味しいご飯なら食べるかなと思って。
彩りも盛り付けも綺麗で、食器も清潔で、ムース状の嚥下訓練食も美味しそうで、それら全て手作りだと聞いて感動。病院の名前で検索すると、人間ドックの後に出るランチが美味しいと評判の病院でした。
そんなこんなで11月25日。
自力で座れない状態のため、ストレッチャー対応の介護タクシーで移動した。
最初は内科病棟でお世話になり、3日目くらいからリハビリ病棟に移動。
いやもうすごいの、リハビリ病棟。みんなリハビリしてる!(そりゃそうだ)
充実した器具、充分なスペース、バリアフリー。そして何よりも看護師さん、PTさんOTさんSTさん、ヘルパーさん、ありとあらゆる人がテキパキと働いていて、困ったことがあると誰に話しかけてもすぐに対応してくれる。「担当じゃないのでわかりません」なんて言う人は皆無。不調や不自由や不安を抱えた状態でこれはとても心強いことで、安心して親方を任せられる。
12月に入ってすぐ、1回目のカンファレンス。
主治医、担当看護師さん、管理栄養士さん、病院のソーシャルワーカーさん、いつもの生活相談員さん。たくさんの人が親方と我が家の将来について真剣に考えてくれて感謝しかない。
親方の今の状態と回復の見込みは予想以上にシビアなものだ。
実は、手術だけでは対応できなかった箇所が残っている。本来なら放射線治療もしたいところだが15年前に全脳照射をしているため、これ以上の照射はリスクが高くてできなかった。
加えて、手術の影響で脳梗塞が起き、左脚が麻痺してしまった。
右坐骨に腫瘍が転移した時に受けた重粒子線の後遺症で右脚も麻痺しているから、今後はおそらく寝たきりの生活になる。
そして胃瘻を勧められるほど嚥下機能が衰えている。リハビリの甲斐あって徐々に食べられるようにはなっているけど、毎日3食を全介助で1時間以上かけて食べる。食べない時もある。
栄養面での心配と誤嚥の危険もある。胃瘻の勧めは介護する人のためを考えてのことなんだと思う。胃瘻が必要になるかどうかまだわからないけど、まだ明るい可能性はあると思っている。
施設入所の選択肢もあるけど、今のところ自宅に戻る方向で考えている。
これまでにおじいさんとおばあさんの介護もしてきて、多分、あの時以上に苦労しそうだとは思うけど、どのような苦労よりも親方と一緒に居られない方がしんどい。あまり穏やかでない人生になることは15年前からとっくに腹を括っている。
「家族(またはヘルパーさん)一人の介助でポータブルトイレに移動できるくらいにはなりたい」というのが目標になった。何をするにも全ての動作に介助が必要だけど、少しずつ、立ち座りができるようになってきた。少し前まで座ることもできなかったのにすごい事だ。
これからやること。障害者手帳の再申請(今は視覚障害のみ。肢体不自由で申請する。障害の程度によって受給できるものが全然違う。)申請が通ったら自宅の改修工事や介護ベッドの導入。
※ただし症状が固定してから6ヶ月経たないといけないとかなんとか色々あって難航しそう。
生活が落ち着いたらデイサービスやレスパイト入院なんかも利用して、自分の休息日もきっちり確保する予定。
リハビリの経過を見ながら利用できる制度など慎重に考え、年内か年明けすぐにまた話し合いをする予定。
力を抜くのは苦手かも。でも手を抜くのは得意。息を抜く方法も知っている。間が抜けているのが致命的だな・・・。
これからの生活に不安は山ほどあるけど、まあなんとかなるんじゃないかなと持ち前の前向き思考を発揮している。周りの人に恵まれているし、何よりもこの人は大丈夫だという親方への信頼が厚い。頭を2回も切られたというのに立ち上がり続けるのすごいよな、さすが私が選んだ男である。もうすぐ31回目の結婚記念日ですよ。
なんてことを思いながら今日も今日とて頑張ります。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
親方の闘病記録です。
病理検査の結果、今回の腫瘍も孤在線維性腫瘍であり、15年前のヘマンジオペリサイトーマの再発との事。グレード1の良性で再発の可能性は無し。これの治療自体は完了という形になった。いよいよ、リハビリ病院転院に向けて準備の段階へ。
11月4日に抜糸。ガーゼなども取れて初めて手術跡を見たのだけど、右耳の前から生え際に沿って額の真ん中あたりまで…15年前の手術は左側から同じように切ったから、顔半周ぐるっと繋がった感じだ。改めて、大変な手術だったんだなあ、よく頑張ったなあと思う。
11月5日。現在の本人の状態は1日の大半を眠って過ごしてしまう傾眠傾向にあり、寝ているために食事が摂れず点滴で栄養を補っている。点滴には手術の時に確保した中心静脈カテーテルを使用していて、これが色んな感染症のリスクもあるためなるべく早く取りたい。それと、リハビリ病院ではこの点滴はできないかもしれない。転院する前に食事ができるようになるのが目の前の目標。
左脚の麻痺は少しずつ改善していて、5点満点中3点ということだ。
肋骨の腫瘍については、脳外科の主治医が骨軟部腫瘍外科の主治医(別の病院)と話をしてくれて、こちらはリハビリ病院を退院後に受診する運びとなった。
今週中に病院のソーシャルワーカーさんと面談し、転院先について相談する。
15年前からお世話になってる担当さんで心強い。
今回の脳腫瘍は良性だったけど肋骨の腫瘍の正体はまだわからないし、再発もこれで終わりではないと思うし、なにしろ今回の手術による頭へのダメージがまだわからない(ずっと眠ってるから)
ちょっと前の記事に私は「15年ずっとリハビリ頑張って少しずつだけどいろんなことができるようになってきたのに、こんなにあっけなくふりだしに戻ってしまうのか。」と悔しい胸の内を書いた。
15年前の日記を読み返すと、何度も色んなことを忘れてしまう親方との生活に「そうか。たぶんきっと、何度もこうやってふりだしに戻るんだな。根気の要る生活になると思うけど、親方の人生再構築に何度でもじっくり付き合うぜちくしょう。」って書いてあった。
15年前にとっくに決意してるじゃないか。忘れてたわけじゃないけど思い出したよ、ありがとう37歳の私。若い頃の自分の文章は赤面することばかりだけど、たまには良いことも書いてあるわね。
親方が家に帰ってくるのはまだ当分先の話になりそうだけど、ようやく次が見えてきた!
いつも、いつもじゃなくても、気にかけてくださってる皆様ありがとうございます。
無理なくぼちぼち頑張ります。
病理検査の結果、今回の腫瘍も孤在線維性腫瘍であり、15年前のヘマンジオペリサイトーマの再発との事。グレード1の良性で再発の可能性は無し。これの治療自体は完了という形になった。いよいよ、リハビリ病院転院に向けて準備の段階へ。
11月4日に抜糸。ガーゼなども取れて初めて手術跡を見たのだけど、右耳の前から生え際に沿って額の真ん中あたりまで…15年前の手術は左側から同じように切ったから、顔半周ぐるっと繋がった感じだ。改めて、大変な手術だったんだなあ、よく頑張ったなあと思う。
11月5日。現在の本人の状態は1日の大半を眠って過ごしてしまう傾眠傾向にあり、寝ているために食事が摂れず点滴で栄養を補っている。点滴には手術の時に確保した中心静脈カテーテルを使用していて、これが色んな感染症のリスクもあるためなるべく早く取りたい。それと、リハビリ病院ではこの点滴はできないかもしれない。転院する前に食事ができるようになるのが目の前の目標。
左脚の麻痺は少しずつ改善していて、5点満点中3点ということだ。
肋骨の腫瘍については、脳外科の主治医が骨軟部腫瘍外科の主治医(別の病院)と話をしてくれて、こちらはリハビリ病院を退院後に受診する運びとなった。
今週中に病院のソーシャルワーカーさんと面談し、転院先について相談する。
15年前からお世話になってる担当さんで心強い。
今回の脳腫瘍は良性だったけど肋骨の腫瘍の正体はまだわからないし、再発もこれで終わりではないと思うし、なにしろ今回の手術による頭へのダメージがまだわからない(ずっと眠ってるから)
ちょっと前の記事に私は「15年ずっとリハビリ頑張って少しずつだけどいろんなことができるようになってきたのに、こんなにあっけなくふりだしに戻ってしまうのか。」と悔しい胸の内を書いた。
15年前の日記を読み返すと、何度も色んなことを忘れてしまう親方との生活に「そうか。たぶんきっと、何度もこうやってふりだしに戻るんだな。根気の要る生活になると思うけど、親方の人生再構築に何度でもじっくり付き合うぜちくしょう。」って書いてあった。
15年前にとっくに決意してるじゃないか。忘れてたわけじゃないけど思い出したよ、ありがとう37歳の私。若い頃の自分の文章は赤面することばかりだけど、たまには良いことも書いてあるわね。
親方が家に帰ってくるのはまだ当分先の話になりそうだけど、ようやく次が見えてきた!
いつも、いつもじゃなくても、気にかけてくださってる皆様ありがとうございます。
無理なくぼちぼち頑張ります。
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最新TB
プロフィール
HN:
数字9
性別:
非公開
自己紹介:
神奈川在住。
色んな音楽に出会うことに喜びを感じながら、ゆるゆる生活する日々。…でしたが
2010年10月、夫が「ヘマンジオペリサイトーマ」という脳腫瘍で倒れ、摘出手術に成功したものの、高次脳機能障害と視覚障害のため、リハビリの真っ最中。
がんばってます。
色んな音楽に出会うことに喜びを感じながら、ゆるゆる生活する日々。…でしたが
2010年10月、夫が「ヘマンジオペリサイトーマ」という脳腫瘍で倒れ、摘出手術に成功したものの、高次脳機能障害と視覚障害のため、リハビリの真っ最中。
がんばってます。
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