つかんだ砂の中に宝物が混ざっていたらいいなあ
きっといろんな方々にご心配かけているかと思います。
申し訳ないです。そしてありがとうございます。
近況報告を少し。
親方のリハビリは順調で、5月末の退院がほぼほぼ決定。
完全オムツ、ベッドか車椅子での生活、体を起こすのも介助が必要で、介護保険「要介護4」で認定もらいました。
自宅改修の算段やら、介助の仕方を教わったりやら、いろんな制度を利用しながら、たくさんの人の手を借りながら、自宅へ戻るために動き始めています。
・・親方についてはまた改めて書きます。
今日は私のことでご報告を。
昨年末のブログにも少し書きましたが、腎不全末期のため近々人工透析を受けることになり、先日、血管の手術を受けてきました。
今すぐではないけども、きっと年内には必要になるであろうと言うことで、親方が入院している間に「シャント造設」という、血液の循環に必要な準備を左腕に施しました。
手術は局所麻酔で3時間半。
手術室がとにかく寒くて寒くて、でも執刀医二人は汗だくで、毛布をたくさんかけてもらいました。あと、仰向けのまま動かないように寝てるのも腰がつらかった。
血液透析は一度にたくさんの血液を出したり入れたりするため、普通の血管では細く耐えられないため、静脈と動脈を剥がしたり引っ張ったりくっつけたりして血管の補強が必要なのだそうです。これがシャント(合ってる?)で、うまくできなかった場合、人工血管を使うのだけど自前の血管でなんとかなりそう。
血管を引っ張る作業がめちゃくちゃ痛くて、ちょっとでも痛いと麻酔追加してくれたのだけど、この時だけは「痛くても我慢してくださいね」と言われて、泣くほど痛かった・・
親方は頭の手術をしたけど、もっともっと大変だったよねえ・・よく頑張ってくれたよなあ・・生きててくれて本当にありがとね・・など考えたら涙が止まらなくなって、看護師さんに大変心配をかけてしまいました・・
昨日、抜糸をしました。
9針縫ってありました。5センチくらいかなあ、まだ腫れぼったくてギザギザしています。見た目はこれから落ち着いてくるのかしら、今後は重いものを持ったり何か衝撃を与えたり負担をかけるのはNGです。兎にも角にもこれからこの腕と付き合うことになるんだな、覚悟していたよりも普通に過ごせそうだけど、予想していたより不便だな、という状態です。
ここまで体調が悪化してしまった要因は色々あるし、こうならないようにしなきゃいけなかったこともたくさんある。体調管理できなかった理由と、その言い訳をするための都合の良い理由も山ほどある。
だけど結局は自分自身の選択の積み重ねの結果。自分が選んだ人生、なんとか生きるしかない。
そんなこんなで
親方の介護をしながら、私の新たな闘病生活が始まります。
ライブに行ったり遊びに行ったりの頻度は減ると思うけど、きっと大変な暮らしになると思うけど、そんな中、
来年の1月9日に数字9企画「砂をつかんで立ち上がれ」を開催します。
昼夜2公演、7組ずつ総勢14組の出演!
ずっとやってみたかった砂つかフェスです。
本当は令和9年9月9日にやりたかったけど平日なので、それならばとちゃっかり自分の誕生日にしちゃいました。詳細等告知解禁は6月の予定です。
何もこんな時にやらなくても・・と思われるかもしれないけど、むしろもう今しかない。
そしてこれをもって最終回にしようと考えています。
動けるうちにきちんと終わらせておきたい。盛大なラストを飾らせてください。
出演ご快諾くださった皆皆様、誰が出るかも発表してないのに楽しみにしてくださっている皆様、会場を貸してくださるお店の皆様、本当にありがとうございます。
精一杯頑張ります。よろしくお願いします。
今回のブログタイトル「KEEP ON, MOVE ON」
2007年にリリースされたウルフルズの11枚目のアルバム名であります。
当時大ファンでFCにも入っていた・・発売から20年近く経ってるのに急に鮮烈に思い浮かんだ言葉、キープオン、ムーブオン。希望、無謀。
「希望を持って無謀に生きる」という意味が込められていた記憶。
Google先生に和訳をお願いしたところ
【あきらめずに進み続ける、前進し続ける といった意味を持つ、前向きなフレーズです】
ですって。まさしく今の私ではないですか。
ざっと書きましたが
なにしろなるべく長生きできるように頑張る所存であります。
以前も書いたけど、この先何十年も長生きして、変わらずライブハウスに出没しては「あの婆さんまだ生きてるのか!」と言われるのを目標にします。
こんな私ですが今後ともお付き合いいただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
♪
ワビサビ悲喜こもごもあれど
いちいちいち度きりの人生
希望!KEEP ON!
(♪ウルフルズ / キーポン節)
久々に聴いたらやっぱかっこいいなあウルフルズ
申し訳ないです。そしてありがとうございます。
近況報告を少し。
親方のリハビリは順調で、5月末の退院がほぼほぼ決定。
完全オムツ、ベッドか車椅子での生活、体を起こすのも介助が必要で、介護保険「要介護4」で認定もらいました。
自宅改修の算段やら、介助の仕方を教わったりやら、いろんな制度を利用しながら、たくさんの人の手を借りながら、自宅へ戻るために動き始めています。
・・親方についてはまた改めて書きます。
今日は私のことでご報告を。
昨年末のブログにも少し書きましたが、腎不全末期のため近々人工透析を受けることになり、先日、血管の手術を受けてきました。
今すぐではないけども、きっと年内には必要になるであろうと言うことで、親方が入院している間に「シャント造設」という、血液の循環に必要な準備を左腕に施しました。
手術は局所麻酔で3時間半。
手術室がとにかく寒くて寒くて、でも執刀医二人は汗だくで、毛布をたくさんかけてもらいました。あと、仰向けのまま動かないように寝てるのも腰がつらかった。
血液透析は一度にたくさんの血液を出したり入れたりするため、普通の血管では細く耐えられないため、静脈と動脈を剥がしたり引っ張ったりくっつけたりして血管の補強が必要なのだそうです。これがシャント(合ってる?)で、うまくできなかった場合、人工血管を使うのだけど自前の血管でなんとかなりそう。
血管を引っ張る作業がめちゃくちゃ痛くて、ちょっとでも痛いと麻酔追加してくれたのだけど、この時だけは「痛くても我慢してくださいね」と言われて、泣くほど痛かった・・
親方は頭の手術をしたけど、もっともっと大変だったよねえ・・よく頑張ってくれたよなあ・・生きててくれて本当にありがとね・・など考えたら涙が止まらなくなって、看護師さんに大変心配をかけてしまいました・・
昨日、抜糸をしました。
9針縫ってありました。5センチくらいかなあ、まだ腫れぼったくてギザギザしています。見た目はこれから落ち着いてくるのかしら、今後は重いものを持ったり何か衝撃を与えたり負担をかけるのはNGです。兎にも角にもこれからこの腕と付き合うことになるんだな、覚悟していたよりも普通に過ごせそうだけど、予想していたより不便だな、という状態です。
ここまで体調が悪化してしまった要因は色々あるし、こうならないようにしなきゃいけなかったこともたくさんある。体調管理できなかった理由と、その言い訳をするための都合の良い理由も山ほどある。
だけど結局は自分自身の選択の積み重ねの結果。自分が選んだ人生、なんとか生きるしかない。
そんなこんなで
親方の介護をしながら、私の新たな闘病生活が始まります。
ライブに行ったり遊びに行ったりの頻度は減ると思うけど、きっと大変な暮らしになると思うけど、そんな中、
来年の1月9日に数字9企画「砂をつかんで立ち上がれ」を開催します。
昼夜2公演、7組ずつ総勢14組の出演!
ずっとやってみたかった砂つかフェスです。
本当は令和9年9月9日にやりたかったけど平日なので、それならばとちゃっかり自分の誕生日にしちゃいました。詳細等告知解禁は6月の予定です。
何もこんな時にやらなくても・・と思われるかもしれないけど、むしろもう今しかない。
そしてこれをもって最終回にしようと考えています。
動けるうちにきちんと終わらせておきたい。盛大なラストを飾らせてください。
出演ご快諾くださった皆皆様、誰が出るかも発表してないのに楽しみにしてくださっている皆様、会場を貸してくださるお店の皆様、本当にありがとうございます。
精一杯頑張ります。よろしくお願いします。
今回のブログタイトル「KEEP ON, MOVE ON」
2007年にリリースされたウルフルズの11枚目のアルバム名であります。
当時大ファンでFCにも入っていた・・発売から20年近く経ってるのに急に鮮烈に思い浮かんだ言葉、キープオン、ムーブオン。希望、無謀。
「希望を持って無謀に生きる」という意味が込められていた記憶。
Google先生に和訳をお願いしたところ
【あきらめずに進み続ける、前進し続ける といった意味を持つ、前向きなフレーズです】
ですって。まさしく今の私ではないですか。
ざっと書きましたが
なにしろなるべく長生きできるように頑張る所存であります。
以前も書いたけど、この先何十年も長生きして、変わらずライブハウスに出没しては「あの婆さんまだ生きてるのか!」と言われるのを目標にします。
こんな私ですが今後ともお付き合いいただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
♪
ワビサビ悲喜こもごもあれど
いちいちいち度きりの人生
希望!KEEP ON!
(♪ウルフルズ / キーポン節)
久々に聴いたらやっぱかっこいいなあウルフルズ
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なんかおかしな年だったなあ
私の度重なる入院、次男の入籍、親方の再手術
2025年は色々ありすぎて意味わからないまま、あっというまに時間が過ぎました。
色々ありながらもライブにはちょこちょこ行けたし、数字9企画も1回開催できました。
色々あっても踏ん張れたのは音楽のおかげです。ありがとう。
イベントのことは改めてきちんとブログ書きたいのですが、滞りっぱなしですみません。
砂つか公式LINEやSNSに載せたことと重複してしまいますが
今年もたくさんの方々にお世話になりました。
現場で配信でイベントを楽しんでくださった皆様、応援してくださった皆様
そして出演してくださったハマノヒロチカさん、河野圭佑さん、タマキングさん
大切な場所を貸してくださり素晴らしい空間を作ってくださったAPIA40の皆様、本当にありがとうございました!
来年の春くらいにリトライ公演やりますとお伝えしたのですが、諸事情が重なり実現が困難となりました。申し訳ありません。
その代わり新たな目標を立てて、次回のイベントを練り始めています。
2026年はお休みさせていただき、1年間じっくり時間をかけて準備して、2027年、パワーアップした砂つかをお届けする予定です。続報をお待ちいただけたら幸いです。
親方ですが、これも改めて書こうと思うのですが、脅威の回復力で予想以上に色々とできるようになってきました!! 胃瘻も大掛かりな改修工事も必要なさそうだ!
入院できる期限ギリギリまでリハビリさせてもらって、その間に色々と準備して整えて、福祉サービスを利用しながら自宅での介護生活になります。5月末頃の退院見込みです。
そして最後に私のことですが、わざわざ発表することではない気もしますが隠すことでもないので(嫌な人は以降スルーでお願いします)
いよいよ腎臓がダメになってしまい、近々人工透析を開始することになりました。
まだ少しだけ機能しているので、外来受診で様子を見ながら、その時が来たら血管の手術をします。なるべく先延ばしできるように、今まで以上に投薬や健康管理を頑張ります。
そんなこんなでお酒ももう飲まないしカレーの頻度も減らしたり、何かご馳走してくださる方がいてもお付き合いできなくて大変申し訳ないのですが、ご承知おきくださったら幸いです。
いつも気にかけてくださってる皆様、元気をくれる皆様、大好きなものあれやこれや
感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
2026年はもう少し穏やかに過ごせたらいいなあと思います。
皆様どうか良い新年をお迎えください!
私の度重なる入院、次男の入籍、親方の再手術
2025年は色々ありすぎて意味わからないまま、あっというまに時間が過ぎました。
色々ありながらもライブにはちょこちょこ行けたし、数字9企画も1回開催できました。
色々あっても踏ん張れたのは音楽のおかげです。ありがとう。
イベントのことは改めてきちんとブログ書きたいのですが、滞りっぱなしですみません。
砂つか公式LINEやSNSに載せたことと重複してしまいますが
今年もたくさんの方々にお世話になりました。
現場で配信でイベントを楽しんでくださった皆様、応援してくださった皆様
そして出演してくださったハマノヒロチカさん、河野圭佑さん、タマキングさん
大切な場所を貸してくださり素晴らしい空間を作ってくださったAPIA40の皆様、本当にありがとうございました!
来年の春くらいにリトライ公演やりますとお伝えしたのですが、諸事情が重なり実現が困難となりました。申し訳ありません。
その代わり新たな目標を立てて、次回のイベントを練り始めています。
2026年はお休みさせていただき、1年間じっくり時間をかけて準備して、2027年、パワーアップした砂つかをお届けする予定です。続報をお待ちいただけたら幸いです。
親方ですが、これも改めて書こうと思うのですが、脅威の回復力で予想以上に色々とできるようになってきました!! 胃瘻も大掛かりな改修工事も必要なさそうだ!
入院できる期限ギリギリまでリハビリさせてもらって、その間に色々と準備して整えて、福祉サービスを利用しながら自宅での介護生活になります。5月末頃の退院見込みです。
そして最後に私のことですが、わざわざ発表することではない気もしますが隠すことでもないので(嫌な人は以降スルーでお願いします)
いよいよ腎臓がダメになってしまい、近々人工透析を開始することになりました。
まだ少しだけ機能しているので、外来受診で様子を見ながら、その時が来たら血管の手術をします。なるべく先延ばしできるように、今まで以上に投薬や健康管理を頑張ります。
そんなこんなでお酒ももう飲まないしカレーの頻度も減らしたり、何かご馳走してくださる方がいてもお付き合いできなくて大変申し訳ないのですが、ご承知おきくださったら幸いです。
いつも気にかけてくださってる皆様、元気をくれる皆様、大好きなものあれやこれや
感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
2026年はもう少し穏やかに過ごせたらいいなあと思います。
皆様どうか良い新年をお迎えください!
親方がリハビリ病院に転院しました。
いくつか病院を紹介してもらって、パンフレットや病院のホームページを見て直感で「ここだ」と思ったところへ。ここだと思った理由はリハビリへの取り組み方、専門医がいること、高次脳機能障害に理解があること。一番の決め手は「ご飯がとても美味しそう」なことでした。手術後ほとんど食べなくなってしまったから、美味しいご飯なら食べるかなと思って。
彩りも盛り付けも綺麗で、食器も清潔で、ムース状の嚥下訓練食も美味しそうで、それら全て手作りだと聞いて感動。病院の名前で検索すると、人間ドックの後に出るランチが美味しいと評判の病院でした。
そんなこんなで11月25日。
自力で座れない状態のため、ストレッチャー対応の介護タクシーで移動した。
最初は内科病棟でお世話になり、3日目くらいからリハビリ病棟に移動。
いやもうすごいの、リハビリ病棟。みんなリハビリしてる!(そりゃそうだ)
充実した器具、充分なスペース、バリアフリー。そして何よりも看護師さん、PTさんOTさんSTさん、ヘルパーさん、ありとあらゆる人がテキパキと働いていて、困ったことがあると誰に話しかけてもすぐに対応してくれる。「担当じゃないのでわかりません」なんて言う人は皆無。不調や不自由や不安を抱えた状態でこれはとても心強いことで、安心して親方を任せられる。
12月に入ってすぐ、1回目のカンファレンス。
主治医、担当看護師さん、管理栄養士さん、病院のソーシャルワーカーさん、いつもの生活相談員さん。たくさんの人が親方と我が家の将来について真剣に考えてくれて感謝しかない。
親方の今の状態と回復の見込みは予想以上にシビアなものだ。
実は、手術だけでは対応できなかった箇所が残っている。本来なら放射線治療もしたいところだが15年前に全脳照射をしているため、これ以上の照射はリスクが高くてできなかった。
加えて、手術の影響で脳梗塞が起き、左脚が麻痺してしまった。
右坐骨に腫瘍が転移した時に受けた重粒子線の後遺症で右脚も麻痺しているから、今後はおそらく寝たきりの生活になる。
そして胃瘻を勧められるほど嚥下機能が衰えている。リハビリの甲斐あって徐々に食べられるようにはなっているけど、毎日3食を全介助で1時間以上かけて食べる。食べない時もある。
栄養面での心配と誤嚥の危険もある。胃瘻の勧めは介護する人のためを考えてのことなんだと思う。胃瘻が必要になるかどうかまだわからないけど、まだ明るい可能性はあると思っている。
施設入所の選択肢もあるけど、今のところ自宅に戻る方向で考えている。
これまでにおじいさんとおばあさんの介護もしてきて、多分、あの時以上に苦労しそうだとは思うけど、どのような苦労よりも親方と一緒に居られない方がしんどい。あまり穏やかでない人生になることは15年前からとっくに腹を括っている。
「家族(またはヘルパーさん)一人の介助でポータブルトイレに移動できるくらいにはなりたい」というのが目標になった。何をするにも全ての動作に介助が必要だけど、少しずつ、立ち座りができるようになってきた。少し前まで座ることもできなかったのにすごい事だ。
これからやること。障害者手帳の再申請(今は視覚障害のみ。肢体不自由で申請する。障害の程度によって受給できるものが全然違う。)申請が通ったら自宅の改修工事や介護ベッドの導入。
※ただし症状が固定してから6ヶ月経たないといけないとかなんとか色々あって難航しそう。
生活が落ち着いたらデイサービスやレスパイト入院なんかも利用して、自分の休息日もきっちり確保する予定。
リハビリの経過を見ながら利用できる制度など慎重に考え、年内か年明けすぐにまた話し合いをする予定。
力を抜くのは苦手かも。でも手を抜くのは得意。息を抜く方法も知っている。間が抜けているのが致命的だな・・・。
これからの生活に不安は山ほどあるけど、まあなんとかなるんじゃないかなと持ち前の前向き思考を発揮している。周りの人に恵まれているし、何よりもこの人は大丈夫だという親方への信頼が厚い。頭を2回も切られたというのに立ち上がり続けるのすごいよな、さすが私が選んだ男である。もうすぐ31回目の結婚記念日ですよ。
なんてことを思いながら今日も今日とて頑張ります。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
いくつか病院を紹介してもらって、パンフレットや病院のホームページを見て直感で「ここだ」と思ったところへ。ここだと思った理由はリハビリへの取り組み方、専門医がいること、高次脳機能障害に理解があること。一番の決め手は「ご飯がとても美味しそう」なことでした。手術後ほとんど食べなくなってしまったから、美味しいご飯なら食べるかなと思って。
彩りも盛り付けも綺麗で、食器も清潔で、ムース状の嚥下訓練食も美味しそうで、それら全て手作りだと聞いて感動。病院の名前で検索すると、人間ドックの後に出るランチが美味しいと評判の病院でした。
そんなこんなで11月25日。
自力で座れない状態のため、ストレッチャー対応の介護タクシーで移動した。
最初は内科病棟でお世話になり、3日目くらいからリハビリ病棟に移動。
いやもうすごいの、リハビリ病棟。みんなリハビリしてる!(そりゃそうだ)
充実した器具、充分なスペース、バリアフリー。そして何よりも看護師さん、PTさんOTさんSTさん、ヘルパーさん、ありとあらゆる人がテキパキと働いていて、困ったことがあると誰に話しかけてもすぐに対応してくれる。「担当じゃないのでわかりません」なんて言う人は皆無。不調や不自由や不安を抱えた状態でこれはとても心強いことで、安心して親方を任せられる。
12月に入ってすぐ、1回目のカンファレンス。
主治医、担当看護師さん、管理栄養士さん、病院のソーシャルワーカーさん、いつもの生活相談員さん。たくさんの人が親方と我が家の将来について真剣に考えてくれて感謝しかない。
親方の今の状態と回復の見込みは予想以上にシビアなものだ。
実は、手術だけでは対応できなかった箇所が残っている。本来なら放射線治療もしたいところだが15年前に全脳照射をしているため、これ以上の照射はリスクが高くてできなかった。
加えて、手術の影響で脳梗塞が起き、左脚が麻痺してしまった。
右坐骨に腫瘍が転移した時に受けた重粒子線の後遺症で右脚も麻痺しているから、今後はおそらく寝たきりの生活になる。
そして胃瘻を勧められるほど嚥下機能が衰えている。リハビリの甲斐あって徐々に食べられるようにはなっているけど、毎日3食を全介助で1時間以上かけて食べる。食べない時もある。
栄養面での心配と誤嚥の危険もある。胃瘻の勧めは介護する人のためを考えてのことなんだと思う。胃瘻が必要になるかどうかまだわからないけど、まだ明るい可能性はあると思っている。
施設入所の選択肢もあるけど、今のところ自宅に戻る方向で考えている。
これまでにおじいさんとおばあさんの介護もしてきて、多分、あの時以上に苦労しそうだとは思うけど、どのような苦労よりも親方と一緒に居られない方がしんどい。あまり穏やかでない人生になることは15年前からとっくに腹を括っている。
「家族(またはヘルパーさん)一人の介助でポータブルトイレに移動できるくらいにはなりたい」というのが目標になった。何をするにも全ての動作に介助が必要だけど、少しずつ、立ち座りができるようになってきた。少し前まで座ることもできなかったのにすごい事だ。
これからやること。障害者手帳の再申請(今は視覚障害のみ。肢体不自由で申請する。障害の程度によって受給できるものが全然違う。)申請が通ったら自宅の改修工事や介護ベッドの導入。
※ただし症状が固定してから6ヶ月経たないといけないとかなんとか色々あって難航しそう。
生活が落ち着いたらデイサービスやレスパイト入院なんかも利用して、自分の休息日もきっちり確保する予定。
リハビリの経過を見ながら利用できる制度など慎重に考え、年内か年明けすぐにまた話し合いをする予定。
力を抜くのは苦手かも。でも手を抜くのは得意。息を抜く方法も知っている。間が抜けているのが致命的だな・・・。
これからの生活に不安は山ほどあるけど、まあなんとかなるんじゃないかなと持ち前の前向き思考を発揮している。周りの人に恵まれているし、何よりもこの人は大丈夫だという親方への信頼が厚い。頭を2回も切られたというのに立ち上がり続けるのすごいよな、さすが私が選んだ男である。もうすぐ31回目の結婚記念日ですよ。
なんてことを思いながら今日も今日とて頑張ります。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
親方の闘病記録です。
病理検査の結果、今回の腫瘍も孤在線維性腫瘍であり、15年前のヘマンジオペリサイトーマの再発との事。グレード1の良性で再発の可能性は無し。これの治療自体は完了という形になった。いよいよ、リハビリ病院転院に向けて準備の段階へ。
11月4日に抜糸。ガーゼなども取れて初めて手術跡を見たのだけど、右耳の前から生え際に沿って額の真ん中あたりまで…15年前の手術は左側から同じように切ったから、顔半周ぐるっと繋がった感じだ。改めて、大変な手術だったんだなあ、よく頑張ったなあと思う。
11月5日。現在の本人の状態は1日の大半を眠って過ごしてしまう傾眠傾向にあり、寝ているために食事が摂れず点滴で栄養を補っている。点滴には手術の時に確保した中心静脈カテーテルを使用していて、これが色んな感染症のリスクもあるためなるべく早く取りたい。それと、リハビリ病院ではこの点滴はできないかもしれない。転院する前に食事ができるようになるのが目の前の目標。
左脚の麻痺は少しずつ改善していて、5点満点中3点ということだ。
肋骨の腫瘍については、脳外科の主治医が骨軟部腫瘍外科の主治医(別の病院)と話をしてくれて、こちらはリハビリ病院を退院後に受診する運びとなった。
今週中に病院のソーシャルワーカーさんと面談し、転院先について相談する。
15年前からお世話になってる担当さんで心強い。
今回の脳腫瘍は良性だったけど肋骨の腫瘍の正体はまだわからないし、再発もこれで終わりではないと思うし、なにしろ今回の手術による頭へのダメージがまだわからない(ずっと眠ってるから)
ちょっと前の記事に私は「15年ずっとリハビリ頑張って少しずつだけどいろんなことができるようになってきたのに、こんなにあっけなくふりだしに戻ってしまうのか。」と悔しい胸の内を書いた。
15年前の日記を読み返すと、何度も色んなことを忘れてしまう親方との生活に「そうか。たぶんきっと、何度もこうやってふりだしに戻るんだな。根気の要る生活になると思うけど、親方の人生再構築に何度でもじっくり付き合うぜちくしょう。」って書いてあった。
15年前にとっくに決意してるじゃないか。忘れてたわけじゃないけど思い出したよ、ありがとう37歳の私。若い頃の自分の文章は赤面することばかりだけど、たまには良いことも書いてあるわね。
親方が家に帰ってくるのはまだ当分先の話になりそうだけど、ようやく次が見えてきた!
いつも、いつもじゃなくても、気にかけてくださってる皆様ありがとうございます。
無理なくぼちぼち頑張ります。
病理検査の結果、今回の腫瘍も孤在線維性腫瘍であり、15年前のヘマンジオペリサイトーマの再発との事。グレード1の良性で再発の可能性は無し。これの治療自体は完了という形になった。いよいよ、リハビリ病院転院に向けて準備の段階へ。
11月4日に抜糸。ガーゼなども取れて初めて手術跡を見たのだけど、右耳の前から生え際に沿って額の真ん中あたりまで…15年前の手術は左側から同じように切ったから、顔半周ぐるっと繋がった感じだ。改めて、大変な手術だったんだなあ、よく頑張ったなあと思う。
11月5日。現在の本人の状態は1日の大半を眠って過ごしてしまう傾眠傾向にあり、寝ているために食事が摂れず点滴で栄養を補っている。点滴には手術の時に確保した中心静脈カテーテルを使用していて、これが色んな感染症のリスクもあるためなるべく早く取りたい。それと、リハビリ病院ではこの点滴はできないかもしれない。転院する前に食事ができるようになるのが目の前の目標。
左脚の麻痺は少しずつ改善していて、5点満点中3点ということだ。
肋骨の腫瘍については、脳外科の主治医が骨軟部腫瘍外科の主治医(別の病院)と話をしてくれて、こちらはリハビリ病院を退院後に受診する運びとなった。
今週中に病院のソーシャルワーカーさんと面談し、転院先について相談する。
15年前からお世話になってる担当さんで心強い。
今回の脳腫瘍は良性だったけど肋骨の腫瘍の正体はまだわからないし、再発もこれで終わりではないと思うし、なにしろ今回の手術による頭へのダメージがまだわからない(ずっと眠ってるから)
ちょっと前の記事に私は「15年ずっとリハビリ頑張って少しずつだけどいろんなことができるようになってきたのに、こんなにあっけなくふりだしに戻ってしまうのか。」と悔しい胸の内を書いた。
15年前の日記を読み返すと、何度も色んなことを忘れてしまう親方との生活に「そうか。たぶんきっと、何度もこうやってふりだしに戻るんだな。根気の要る生活になると思うけど、親方の人生再構築に何度でもじっくり付き合うぜちくしょう。」って書いてあった。
15年前にとっくに決意してるじゃないか。忘れてたわけじゃないけど思い出したよ、ありがとう37歳の私。若い頃の自分の文章は赤面することばかりだけど、たまには良いことも書いてあるわね。
親方が家に帰ってくるのはまだ当分先の話になりそうだけど、ようやく次が見えてきた!
いつも、いつもじゃなくても、気にかけてくださってる皆様ありがとうございます。
無理なくぼちぼち頑張ります。
いつも気にかけてくださっている皆様ありがとうございます。
2025年10月23日に親方の腫瘍摘出手術が無事に終わりました。
その記録です。
【病名:右前頭蓋底脳腫瘍(みぎぜんずがいていのうしゅよう)】
詳しい検査の結果、右前頭蓋底という脳の奥のほう…どうやら右目と鼻を繋ぐ血管の真ん中あたりに腫瘍があり、その血管から流れてくる血をどんどん吸収して脳内に溢れてしまったようだ。腫瘍の大きさは3〜4センチと思われる。切除したほうが今後のために良いとの判断で手術に踏み切る。
10月20日
23日の開頭手術に向けて「腫瘍栄養血管塞栓術」という処置。
手術中の出血軽減が目的で、腕の動脈からカテーテルを入れて頭まで進め、ボンドのようなもので血管に栓をする。
10月21日
主治医から電話。
前日の処置で使った造影剤の影響か、左脚に麻痺が出ているもよう。
てんかんまたは軽い脳梗塞の疑い。これに対する点滴開始。
一時的なものか否かは現時点では不明。
10月23日
病室の窓から富士山が綺麗に見えた。
この日初冠雪だったそうで、入院した時はまだ半袖の季節だったのになあと思う。
朝10時〜手術開始
病名:右前頭蓋底脳腫瘍
術式:開頭腫瘍摘出術(右開頭)
全身麻酔→頭皮の必要部分を切開→直下の頭蓋骨を開く→腫瘍を切除→止血を十分に確認→骨を戻し皮膚を縫って終了。
15時半過ぎに終了、ICUに移動
同日19時に一般病棟に戻ったとの事。
※その他
腕の血管が出にくいため、手術当日は「中心静脈カテーテル」という方法(心臓に近く太い静脈にカテーテルを入れる)で、急な薬剤投与や輸血に迅速に対応できるようにした。
切除した腫瘍は病理検査へ。
これの結果と術後諸々の検査で今後の治療方針を決めていく。
場合によっては放射線治療や再手術の可能性も。
経過観察中である肋骨の腫瘍の治療も併せて考えていく。
越えなくてはいけない山がまだまだある。
__________
10月27日の日記。
今日も病院へ。
毎日少しずつ意識が回復している。
薄紙を剥ぐように、少しずつ少しずつ。
起きている時間も言葉も増えてきた。
今は個室にいるので面会時間を気にせず長時間いられる(大部屋だと1時間の制限あり)
周りを気にせずたくさん話せる。
数時間の滞在のうち9割くらいは寝ているんだけど、残りの1割の時を見逃さずに過ごす。
差額ベッド代はちと厳しいけど、この大切な時間には変えられない。
帰り際に「じゃあまた来るね。泣くんじゃないよ〜」と冗談ぽく言ったら、「泣かねえよ」と笑ったあとに泣いてしまったではないか。入院してからずっと眠ってばかりで、たまに笑ったりはするけど意識がどこにあるのかわからなくて、だから、少し油断していた。
回復に伴い、親方に「寂しい」の感情が出てきたかな…。
その後すぐに眠ってしまったので、またねと頬を撫でて帰路へ。
親方の涙を見て私の中で一生懸命フラットに保っていたものがバランスを崩したか、色んな感情が渦巻いて家に帰ってからめちゃくちゃ泣いてしまった。
まあでも、泣いてる場合ではないのだ。もう泣かない。
でも親方には今度は「泣いてもいいよ」って言おう。
これからも全力で応援するから。
BGM「鶴/てるてる坊主」
♪君が涙の雨なら どこかに虹が出ているんだろう
探しに行こう ゆっくりでいいよ 一緒にいるから
明日天気になりますように
2025年10月23日に親方の腫瘍摘出手術が無事に終わりました。
その記録です。
【病名:右前頭蓋底脳腫瘍(みぎぜんずがいていのうしゅよう)】
詳しい検査の結果、右前頭蓋底という脳の奥のほう…どうやら右目と鼻を繋ぐ血管の真ん中あたりに腫瘍があり、その血管から流れてくる血をどんどん吸収して脳内に溢れてしまったようだ。腫瘍の大きさは3〜4センチと思われる。切除したほうが今後のために良いとの判断で手術に踏み切る。
10月20日
23日の開頭手術に向けて「腫瘍栄養血管塞栓術」という処置。
手術中の出血軽減が目的で、腕の動脈からカテーテルを入れて頭まで進め、ボンドのようなもので血管に栓をする。
10月21日
主治医から電話。
前日の処置で使った造影剤の影響か、左脚に麻痺が出ているもよう。
てんかんまたは軽い脳梗塞の疑い。これに対する点滴開始。
一時的なものか否かは現時点では不明。
10月23日
病室の窓から富士山が綺麗に見えた。
この日初冠雪だったそうで、入院した時はまだ半袖の季節だったのになあと思う。
朝10時〜手術開始
病名:右前頭蓋底脳腫瘍
術式:開頭腫瘍摘出術(右開頭)
全身麻酔→頭皮の必要部分を切開→直下の頭蓋骨を開く→腫瘍を切除→止血を十分に確認→骨を戻し皮膚を縫って終了。
15時半過ぎに終了、ICUに移動
同日19時に一般病棟に戻ったとの事。
※その他
腕の血管が出にくいため、手術当日は「中心静脈カテーテル」という方法(心臓に近く太い静脈にカテーテルを入れる)で、急な薬剤投与や輸血に迅速に対応できるようにした。
切除した腫瘍は病理検査へ。
これの結果と術後諸々の検査で今後の治療方針を決めていく。
場合によっては放射線治療や再手術の可能性も。
経過観察中である肋骨の腫瘍の治療も併せて考えていく。
越えなくてはいけない山がまだまだある。
__________
10月27日の日記。
今日も病院へ。
毎日少しずつ意識が回復している。
薄紙を剥ぐように、少しずつ少しずつ。
起きている時間も言葉も増えてきた。
今は個室にいるので面会時間を気にせず長時間いられる(大部屋だと1時間の制限あり)
周りを気にせずたくさん話せる。
数時間の滞在のうち9割くらいは寝ているんだけど、残りの1割の時を見逃さずに過ごす。
差額ベッド代はちと厳しいけど、この大切な時間には変えられない。
帰り際に「じゃあまた来るね。泣くんじゃないよ〜」と冗談ぽく言ったら、「泣かねえよ」と笑ったあとに泣いてしまったではないか。入院してからずっと眠ってばかりで、たまに笑ったりはするけど意識がどこにあるのかわからなくて、だから、少し油断していた。
回復に伴い、親方に「寂しい」の感情が出てきたかな…。
その後すぐに眠ってしまったので、またねと頬を撫でて帰路へ。
親方の涙を見て私の中で一生懸命フラットに保っていたものがバランスを崩したか、色んな感情が渦巻いて家に帰ってからめちゃくちゃ泣いてしまった。
まあでも、泣いてる場合ではないのだ。もう泣かない。
でも親方には今度は「泣いてもいいよ」って言おう。
これからも全力で応援するから。
BGM「鶴/てるてる坊主」
♪君が涙の雨なら どこかに虹が出ているんだろう
探しに行こう ゆっくりでいいよ 一緒にいるから
明日天気になりますように
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非公開
自己紹介:
神奈川在住。
色んな音楽に出会うことに喜びを感じながら、ゆるゆる生活する日々。…でしたが
2010年10月、夫が「ヘマンジオペリサイトーマ」という脳腫瘍で倒れ、摘出手術に成功したものの、高次脳機能障害と視覚障害のため、リハビリの真っ最中。
がんばってます。
色んな音楽に出会うことに喜びを感じながら、ゆるゆる生活する日々。…でしたが
2010年10月、夫が「ヘマンジオペリサイトーマ」という脳腫瘍で倒れ、摘出手術に成功したものの、高次脳機能障害と視覚障害のため、リハビリの真っ最中。
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