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つかんだ砂の中に宝物が混ざっていたらいいなあ
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いつも気にかけてくださっている皆様ありがとうございます。
2025年10月23日に親方の腫瘍摘出手術が無事に終わりました。
その記録です。

【病名:右前頭蓋底脳腫瘍(みぎぜんずがいていのうしゅよう)】
詳しい検査の結果、右前頭蓋底という脳の奥のほう…どうやら右目と鼻を繋ぐ血管の真ん中あたりに腫瘍があり、その血管から流れてくる血をどんどん吸収して脳内に溢れてしまったようだ。腫瘍の大きさは3〜4センチと思われる。切除したほうが今後のために良いとの判断で手術に踏み切る。

10月20日
23日の開頭手術に向けて「腫瘍栄養血管塞栓術」という処置。
手術中の出血軽減が目的で、腕の動脈からカテーテルを入れて頭まで進め、ボンドのようなもので血管に栓をする。

10月21日
主治医から電話。
前日の処置で使った造影剤の影響か、左脚に麻痺が出ているもよう。
てんかんまたは軽い脳梗塞の疑い。これに対する点滴開始。
一時的なものか否かは現時点では不明。

10月23日
病室の窓から富士山が綺麗に見えた。
この日初冠雪だったそうで、入院した時はまだ半袖の季節だったのになあと思う。

朝10時〜手術開始
病名:右前頭蓋底脳腫瘍
術式:開頭腫瘍摘出術(右開頭)

全身麻酔→頭皮の必要部分を切開→直下の頭蓋骨を開く→腫瘍を切除→止血を十分に確認→骨を戻し皮膚を縫って終了。

15時半過ぎに終了、ICUに移動
同日19時に一般病棟に戻ったとの事。

※その他
腕の血管が出にくいため、手術当日は「中心静脈カテーテル」という方法(心臓に近く太い静脈にカテーテルを入れる)で、急な薬剤投与や輸血に迅速に対応できるようにした。

切除した腫瘍は病理検査へ。
これの結果と術後諸々の検査で今後の治療方針を決めていく。
場合によっては放射線治療や再手術の可能性も。
経過観察中である肋骨の腫瘍の治療も併せて考えていく。
越えなくてはいけない山がまだまだある。
__________
10月27日の日記。

今日も病院へ。
毎日少しずつ意識が回復している。
薄紙を剥ぐように、少しずつ少しずつ。
起きている時間も言葉も増えてきた。

今は個室にいるので面会時間を気にせず長時間いられる(大部屋だと1時間の制限あり)
周りを気にせずたくさん話せる。
数時間の滞在のうち9割くらいは寝ているんだけど、残りの1割の時を見逃さずに過ごす。
差額ベッド代はちと厳しいけど、この大切な時間には変えられない。

帰り際に「じゃあまた来るね。泣くんじゃないよ〜」と冗談ぽく言ったら、「泣かねえよ」と笑ったあとに泣いてしまったではないか。入院してからずっと眠ってばかりで、たまに笑ったりはするけど意識がどこにあるのかわからなくて、だから、少し油断していた。
回復に伴い、親方に「寂しい」の感情が出てきたかな…。
その後すぐに眠ってしまったので、またねと頬を撫でて帰路へ。

親方の涙を見て私の中で一生懸命フラットに保っていたものがバランスを崩したか、色んな感情が渦巻いて家に帰ってからめちゃくちゃ泣いてしまった。

まあでも、泣いてる場合ではないのだ。もう泣かない。
でも親方には今度は「泣いてもいいよ」って言おう。
これからも全力で応援するから。


BGM「鶴/てるてる坊主
♪君が涙の雨なら どこかに虹が出ているんだろう
探しに行こう ゆっくりでいいよ 一緒にいるから



明日天気になりますように

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9月12日に無事終わったイベントのご報告&お礼を書きたいのですがその前に一つ。
イベント翌日の13日、親方が緊急入院しました。

私のことを最近知ってくださった方向けにざっくり説明しますと
私の夫(通称親方)、2010年10月にヘマンジオペリサイトーマという極めて症例の少ない脳腫瘍で倒れ、開頭手術で一命は取り留めたものの、記憶障害や視覚障害などのハンデを抱えてしまいました。加えて、この腫瘍は切除しても再発率90%という憎たらしい奴で、2020年に右坐骨に転移再発(こちらは重粒子線で治療)、昨年あたりから肋骨や脳にも小さな再発が見つかり経過観察中でした。

最初の罹患から15年、リハビリや日々の暮らしの中でできることも増えてきたのですが
この度突然の脳出血と経過観察中の脳腫瘍が大きくなっているとの診断で、手術に向けての入院となりました。

イベントの数週間前から元気ないな?という状態で、数日前には高熱も出していたこともあり、12日に留守にしてしまったことでもしかしたら責められてしまうかも、と思っていたのですが、そんなこと誰も何も言わずに、親方の無事を祈ってくださる方ばかりで、本当に感謝しています。

以下、入院までの経過。

9月4日の夕方から発熱して、上がったり下がったりの繰り返しで内科の先生に往診来てもらってコロナもインフルも陰性で、腫瘍の再発の影響もあるのかなとやってもらった血液検査も異常なし。解熱剤で様子見てください、もしどうしても心配だったら脳外科に相談してみてくださいと言われて。
食欲もあるし、一緒にテレビ見たり歌ったり、発熱以外は症状はなかったのだけど。

9月10日
熱は下がってきたけど何か少し違和感があってかかりつけの脳外科に電話してみた。
診察できないことはないけど往診の先生がやったのと同じ検査しかしませんよ、風邪じゃないですかね、もう少し様子見てみては?と受診をやんわり拒否された。
眠っていると言うより昏睡しているように見えたんだけど・・・
でも、起こすと起きるしご飯も食べる。
11日にはほぼ平熱に落ち着き、やっぱり風邪?心配しすぎだったのかなと安堵する。
12日(イベント当日)はまた少し熱はあったものの、朝も昼もご飯食べたし起きてテレビを見ていた。
私が出かける15時から長男が帰宅する19時頃まで一人になるけど大丈夫だよねと判断し、本人も大丈夫だよと言うのでイベントへ・・・。
帰宅して検温。平熱。用意したお弁当は半分くらい食べてあった。
起こして少し会話をし、オムツ交換と着替え。就寝。

●9月13日
平熱。よかった。だけど、声をかけても反応が鈍い。
今までどんなに高熱でも起こしたら起きるし食欲はあったのに今日はいらないと言う。
呂律が回っていない気がする。
高次脳機能障害で普段から受け答えは怪しいのだけど、今日の怪しさはいつもと違う。
ここ数日は高熱で表情がぼんやりとしていたけど、今日のぼんやりはなんだか違う。
10日の時の違和感再び。
一旦受診を拒否されているのでいきなり119は尻込みして♯7119に電話してみた。
全然繋がらない。検索すると「繋がらない場合は(神奈川県の場合)かながわ救急相談センター「045-523-7119」または「045-232-7119」に電話をしてみてください」とあったので試してみるとすぐに繋がった。

症状を伝えると「救急車を呼んだほうがいい」と救急へ電話を繋げてくれた。

親方だけじゃなく今までおばあさんもおじいさんも何度か救急車のお世話になっているので、通報慣れしている。台本でもあるのかと言うくらいスラスラ説明できた。

救急車が来るまでに持ち物の準備。これも慣れたものだ。
「保険証、診察券、お薬手帳、処方されてる薬全部、親方の靴、モバイルバッテリー、自分用の飲み物と手軽に食べられるもの、羽織るもの、帰りのタクシー代」
大抵長丁場になるし、場合によっては全然知らない土地へ連れて行かれて深夜に帰る羽目になったりするので、財布と充電と食べ物はあったほうがいい。

同じく救急慣れしている長男が、猫たちを2階に避難させ、部屋のあれこれを端に寄せ、進路を確保する。

救急車到着。かかりつけの脳外科に搬送してもらえることになったのだが、親方の体が大きいことに加え激しい腰痛のためベッドから動かせず、救急隊員を増員。もう一台救急車が来たものだからご近所さんに大変心配をかけてしまった。最初の3名+応援の3名、合わせて6名で親方を運んだ。

救急外来にてCTやレントゲンの結果、脳内出血しているとのこと。
そして経過観察中の腫瘍が大きくなってきている。
それらが脳幹を少し圧迫しているのだが、15年前の手術で頭に空洞?余白?があって、お陰で深刻な圧迫にはなっていないという。
出血量から見ると、出血が始まったのはここ2、3日ではないかとのこと。
ではやはり10日の違和感は当たっていたのかもしれない。

連休明けに諸々の検査をして、手術をする方向で調整していきましょうとのこと。
このブログを書いている今日は9月19日で入院からそろそろ一週間になる。
その間、脳の浮腫みをとる点滴をしたり造影剤を使ったCT検査。進展はまだない。

熱はもうない。ずっと寝ている。声をかけると起きて少し会話をするけどすぐ寝てしまう。食欲はある。日によって反応はまちまちだけど日に日に認知が怪しくなっている印象。意味不明のことを言ったりちょっとした奇行もある。元々視野狭窄があるのだけど、さらに目が見えなくなってるっぽい。
これが一時的なものなのかどうかわからない。
来週MRI検査をして、再来週あたりに治療方針が決定する見込み。
一刻を争う感じではなくてよかったなあとは思うけど、今後のことが全然見えなくて不安でいっぱい。

そしてめちゃくちゃ悔しい。
15年ずっとリハビリ頑張って少しずつだけどいろんなことができるようになってきたのに、こんなにあっけなくふりだしに戻ってしまうのか。

坐骨への転移の時に嫌と言うほど思い知らされた「専門医じゃないとわかってもらえない」のと「30余年一緒にいる自分が抱いた違和感に間違いはない」と言うことを再認識。

それにしても、どの時点でどのような行動をすれば最善だったのか。
とにかく今は親方の生命力と自分達の未来を信じて頑張ります。

そしてそして
12日にイベントができたこと、本当に感謝しています。
改めてブログを書きますが、関わってくださった全ての皆様、ありがとうございました。
大切な思い出。とても強力な、ココロの御守りになっています。


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久しぶりに親方の闘病記録を。

前回は「重粒子線治療終わりました」2021年の記録でした。
その後、脳外科と骨軟部腫瘍外科と重粒子線科を定期的に受診しながら、保健福祉科の方や相談員さん(ケアマネみたいなもの)のサポートでリハビリや通所に励んでいたのですが、病変や環境の変化がありました。

2025年4月現在
重粒子線の後遺症で右足の神経障害が進行、家の中では歩行できるが、基本的に車椅子の生活に。紙おむつ(トレパン)とポータブルトイレ使用
左側の肋骨と脳の右側に腫瘍の再発があり、近々治療方針を決定する予定。

週3回、生活介護施設へ通所。
運動やレクリエーション、入浴など。
週1回訪問リハビリ、月1回内科訪問診療、訪問看護
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ざっと振り返り。

2021年から脳外科の他、骨軟部腫瘍外科と重粒子線科を定期的に受診
2021年
9月

PET-CTで左側第10肋骨に気になる所見あり(要経過観察)

2022年
4月

自立支援センターで相談
9月
ヘルパーさんによる同行援護開始
11月
障害福祉サービス受給者証更新のため認定調査
(受給内容:同行援護支援と計画相談支援)
12月
頻繁に腰痛を訴えるようになるが検査等とくに異常なし
保健福祉科に紹介してもらい、相談員さん(ケアマネさんみたいなもの)介入
2024年
2月

訪問リハビリ開始
4月
訪問診療(内科)、訪問看護 開始
春頃
右足の動きが鈍くなり始める
6月
風呂場で転倒する事件あり、その後一人で入浴できなくなる
6月30日
急な高熱でリビングにて昏倒、救急搬送そのまま入院
尿路感染による腎盂腎炎とのこと
腎盂腎炎の症状は改善したものの、歩行困難になってしまったためリハビリで入院継続
本人が脇腹に強い痛みを訴えているため腫瘍の再発を疑い、
8月1日
骨軟部腫瘍外科の主治医の元へ転院
8月8日
主治医より病状説明
※幾つかの骨転移が見られるが今の所治療の必要なし
※重粒子線の後遺症で右足の神経障害が進行している、治るものではなく、今後歩けるようになる見込みなしとの事
9月6日
退院
9月10日
訪問リハビリ再開
※練習したら歩けるようになると思う、との事
実際ちょっとずつ歩けるようになってる

10月
生活介護施設通所開始、14年間お世話になった中途障害者施設を退会。

2025年
2月

初めてショートステイ利用
3月
骨軟部腫瘍外科
左側第10肋骨の腫瘍が予想以上に大くなってきているため、他に病変がないうちに切除予定(未定)
脳外科
脳の右側(耳の上辺り?)に腫瘍の再発あり、昨年からうっすら見えていたらしいが成長しているとのこと。要経過観察。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こんな感じで、ざっくりと記録でした。

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親方の近況報告です。
2021年2月22日から入院、全16回の重粒子線照射を終え、3月19日に退院しました。
驚くほど痛みがなくなったようで、痛み止めの薬が減りました。頓服の痛み止めを飲まなくなりました。
家の中では杖無しでもりもり動き回っています。
外出の時には転倒予防のため杖は必須ですが、以前よりスムーズに歩けるようになりました。

入院中は病状もだけど高次脳機能障害による認知の怪しさが心配で、
何かトラブルを起こしていないかとても不安でしたが、看護師さんのお話によると、うまく生活していたようです。とは言えおそらく大変な患者だったと思います。
退院の際には色んなスタッフさんがにこにこと見送ってくださり、たぶん、良い入院生活だったのだと思います。とてもお世話になりました。

コロナ禍で見舞いもできず、結婚26年でこんなに長期間会えないのは初めてのことで、特に病気になってからの10年間は毎日毎日家にいるものだから、言い様のない寂しさもありました。
無事に帰ってきてくれて本当に嬉しいです。

3月29日
退院から10日後の受診
今までは痛みもあり車の乗り降りが大変なのと何かあった時に対応できるようにとタクシーを利用していたのを、私の運転で行きました。
出費が減って嬉しい(タクシー代往復8千円だった)

患部のX線と骨軟部腫瘍外科と重粒子線科受診とランマーク注射

腫瘍の周りの骨は溶けてしまって(以前の記事に骨折と書きましたが正確には溶けているそうです)これは再生しないとの事
重粒子線の副作用で骨が脆くなるため、骨折などのリスクがあります。
ゆくゆくは車椅子の生活になるのではと思います。
入院中に、家の中をできるかぎりバリアフリーに模様替えしました。
今後も毎日の服薬、1ヶ月に1度骨を強くするランマーク注射、再発がないか定期的に検査をします。


3月30日
年に一度の脳外科受診(がんセンターとは別の病院←元々の主治医)
※3月23日に頭部MRI撮影
頭の中には新たな再発や悪化はなし
こちらはまた1年後

※治療費
重粒子線治療は
①公的医療保険適用になる疾患
②先進医療の適用になる疾患 
に分類され、
①の場合
237万5千円か160万円(治療内容によって異なる)のうち0〜3割負担
※高額療養費制度を利用可能
②の場合
350万円全額負担(先進医療特約利用可※保険会社との契約による)
※神奈川県では神奈川県民が重粒子線治療を受ける際に、医療保険の対象とならない②の重粒子線治療の費用に対し、最大35万円が助成されるそうです。

親方の場合、
①の237万5千円の
重度障害者医療証があるため0割負担でした。

そんなこんなで
いつも気にかけてくださっている皆様、ありがとうございます。
温かい言葉やお気遣いに何もお返しできないのですが、
なるべく元気に長生きすることが最大の恩返しかなあと勝手に思っています。

次の再発がありませんようにと祈りながら
うっかり骨折しないようにと注意をしながら
これからも精一杯生きていきます。

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2010年10月に親方を襲ったヘマンジオペリサイトーマという腫瘍は10年後の再発が90%、
脳外科の主治医は、腰や足に転移した例を診たと言う。

2020年8月頃から
腰や足の付け根の痛みを訴えていた。
施設を休みたいと言う日もあり、休みたいなんて滅多にない事で胸騒ぎがした。

毎年3月に脳外科の定期検診でMRI検査を受けている。
今年も、再発も悪化もなしと言われてホッとしたばかりなのだが、また受診した。

主治医は不在だったが再発の心配を話してMRIを撮ってもらう。
3月と同じ結果だった。
そのままこの病院の整形外科で診てもらえないか訊いたが、別の科なので新患扱いとなり今日の新患受付は終わってしまったと断られた。

その足で近所の整形外科へ
初めて行く病院。先生を見てびっくりした。
4年前に次男の膝を手術してくださった主治医だった。
信頼できるK先生との再会に奇跡を感じた。

レントゲンの結果、特に異常は見つからず痛み止めを処方してもらう。
痛みが治まらなかったらまた来るように。

薬が効いて元気になった!
施設も行くようになった!
さすがK先生だ!
定期的に通院した。

10月半ば
なかなかスッキリと良くはならないねーなど思いながら、いつも通り診察を受ける。
帰り際、受付の看護師さんに
「別の先生の時に一度診てもらったほうがいいかも」と提案される。
「K先生はなかなか検査をやりたがらないんですよ・・・
坐骨のMRIが必要だと思うんだけどな・・・」

言われた瞬間は、何を言うかK先生は次男の膝を治してくれた人だぞ すごいんだぞと思ったのだけど、自分の中で無意識に遠ざけていたモヤモヤした感覚が具体的な形になり始めた。

しかし、おばあさんの入院や退院後のあれこれで親方のことをするタイミングが遅くなってしまった・・・

11月頃から急に歩き方が変化した。
今まで両足とも大差ない摺り足だった(目が見えないから開頭手術後からずっと)のが、右足だけを大きく引き摺るようになった。

いつもと違う病院を受診した。
実はここは次男の怪我でテキトーな処置を受けたことがあり、私の中でヤブ医者だと思っている病院だが、この日はなんとなくここに足が向かった。

「これは坐骨があやしいな」すぐさまMRIを撮ってくれた。

結果、右坐骨に腫瘍を発見、現在に至る。

⚫︎脳外科の定期検診で異常なしと言われて安心していた。脳外科では頭の中しか見ない。
確かに脳外科的には異常なかった。

⚫︎K先生を過度に信頼していた。
次男に話すと「K先生は膝専門の先生だから」と。・・・そうか。

⚫︎ヤブ医者だと思い込んでいた病院で名医に出会った。
K先生の例もあるように、整形外科の中でも専門外の分野だと、明後日な方向の診断をしてしまうのだろう・・・

色んな思い込みが重なって発見が遅くなってしまった。
親方には長いことつらい思いをさせてしまった。

腰や足に転移すると聞いていたのだから、脳外科と連携の取れる整形外科を把握しておくべきだった。症例が少ないから「ヘマンジオペリサイトーマの再発かもしれない」と言ってすぐにピンときて「ああ!そうか!!ヘマンジオペリサイトーマか!!」と言ってくれるお医者さんはあまりいないかも、と思う。

自分はなんの知識も持ち合わせていないから、起こったことをただただ記録しておくしかできなくて、誰かの役に立つよりむしろ不安を煽ったりしないかと心配でもありますが
またちょっとずつ、時間のある時に書いていきたいと思います。

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プロフィール
HN:
数字9
性別:
非公開
自己紹介:
神奈川在住。
色んな音楽に出会うことに喜びを感じながら、ゆるゆる生活する日々。…でしたが

2010年10月、夫が「ヘマンジオペリサイトーマ」という脳腫瘍で倒れ、摘出手術に成功したものの、高次脳機能障害と視覚障害のため、リハビリの真っ最中。
がんばってます。

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